一昨日の朝は、雨と風の音で目覚めた。
幸い私の住んでいる街と勤めている会社のある街では、利用している産業道路が陥没したことを除けば大きなニュースになるほどの事故などはなかった。
とは言うものの、雨が降っている最中はいたるところで冠水していて、会社の工場構内も、自宅の近所も通行不可能な状態だったらしい。
仕事中は工場内の警戒情報は随時放送されているが、それ以外の街でのニュースは伝え聞く程度で、さなかにはその悲惨さはまるで伝わってこなかった。
仕事を終え、自宅に戻ってTVニュースではじめてその凄まじさを知り、驚いてしまった。
朝、音だけを聴いているとまるで台風のような騒ぎだったので、飛び起きて窓の外を見てみた。
音で感じたほどの荒れようではなかったけれど、とにかくこれは急いで準備しなくてはとカーテンを開けた。
これほど雨が降っていると、普段電車組の通勤者が自家用車通勤に流れるので、工業地帯を横切って通勤する私は出勤時間の1,2分の違いで会社到着が20分以上も変わってしまうこともある。
そんなわけで、急いで出勤の準備を始める。
雨はどんどん強くなっていて、一瞬会社を休むことも頭をよぎった。
その直後、時計代わりにつけていたTVの映像が切れた。
ケーブルTVが切れてしまったのだ。
台風のときはよくあることで、このときも次は停電だなと感じたので、"これは会社に行ったほうがよさそうだ"と判断して、電気がついている間に身支度を整えなくては、とよりいっそう準備を急いだ。
自宅前は緑地公園があるのだけど、昔その先は海だった。
そんなわけで、冠水が予想されるので、いつもは使わない山側の道を走る。
案の定、後で聞いたところによるとやはりいつも使う海側の道は広範囲にわたって冠水したため通行不可になり、いつもはにぎやかな自宅付近は電車も止まり、雨音だけが聴こえていたらしい。
雨の割には順調に進んでいたけれど、雨脚はどんどん強くなる。
会社のある街に入った頃にはやはり冠水があったのだけど、迂回路もないためその道を進む。
私が通過したときはかろうじて大丈夫だったらしい。
そうはいっても、定時には微妙に間に合いそうになかったので、バス通勤している同僚にフレックス連絡を頼もうとしたのだけど、最終的には私のほうが会社に先についていた。
私の勤める会社付近で、冠水していて通れないだろうとみんなが予測した地下道を選ぶ。
これが功を奏した。
みんな迂回してJR山陽本線を渡る大きな陸橋に向かっていたため、地下道はまるで車がなく、なんなく通過できた。でも結局、始業チャイムを聴きながら車を降りた。
あらかじめパンツはサブリナタイプにカットしたGパンに裸足に長靴を履いて、ウィンドブレーカーも着ていたが、それでも雨が強いのでそこそこ濡れてしまう。
ところが、通用門辺りまでたどり着くとすでに冠水している。
車の中からその付近に人がたまっていたことを思い出し"これか・・・"とため息。
まだバスに乗っている同僚にそのことをメールしておいた。
その後、職場にたどり着くまで延々と冠水地帯が続いて、せっかく短いパンツをはいていたのにひざから下の部分は結構ぬれてしまった。
会社についてしまえば、工場内で自家発電しているのでその部署が被害にあわない限りは室内にいる限り結構快適だ。
窓の外では道が冠水していてプラント内で作業をする人たちは大変そうだった。
そんなわけで、あの大雨の中、仕事をしていた私は、その周りの惨事にはほとんど気がつかずにいたのだった。
電車組で自家用車を選択しなかった人たちはみんなお休み。
JR山陽本線、山陽新幹線、その他の県内のローカル線は軒並み運転停止状態に追い込まれていた。
自宅付近での停電はなかったそうで(ケーブルTVもすぐ復旧した)、私の自宅は特に問題になることも起こらなかったそうだ。
しかし、自宅裏のJR山陽本線より向こうの低い土地の家は床下浸水くらいまではいってしまったそうだ。そのあたりはまるで通行できなかったらしい。
居間から見える線路の下を通るほんとに小さな地下道も水が天井付近まで上がっていて、もう少しで線路まで行きそうだったと、なぜか父は目をキラキラさせながら熱く語ってくれた。
そういや、子供の頃はそのあたりは大雨ともなると水があふれてたなあと思い出す。
子供の頃は、そんな日に限って雨靴を履いて道の上を流れる水の中にはいりに行ったものだ。
今考えると恐ろしいけどね。
結局私が自宅に帰ったのは午後10時前で、その頃には水もすべて引いていてそんな騒ぎなんてまるで感じられなかった。
そして、TVで防府市の大惨事を知った。
246号線は山陰方面に行くときに時々使っている道路なので、翌日は会社でもその話題で持ちきりだった。
復興にはかなりの時間がかかるだろう。
二次災害が起こらないようにと祈るばかりである。
特別養護施設のニュースも仕事中に聴いていたけれど、あれほどひどいとは、思いも寄らなかった。
翌日朝のラジオでは、そのさなかにいたご老人の語った話をアナウンサーがしていた。
あっという間に足元に水が流れてきて自力で階段を上がって2階にあがり、車椅子の人たちがみんななんとか顔だけは水の上に出そうとしていた様子を見たそうだ。職員はなんとかその人たちを階上に非難させようと右往左往していたと老人は伝える。
しかしその後、あっという間に2階まで水かさが増し、その老人本人も動けず震えていたところを施設の職員におんぶされてかろうじて避難できたということだった。
今はただ、一刻も早く行方不明者が見つかることを祈りたい。
週末再び、天気が崩れるようだ。
被災地の方々が安心できるのはまだ先になってしまう。
あまりひどくならなければいいな。
「どしゃぶりジョナサン」
WORDS & MUSIC & PLAY BY 斉藤和義




貴女のお家は防府市からはとりあえず離れているから大丈夫だろうと
勝手にタカをくくっていましたが、
県内はどこも大変だったみたいですね。
お見舞い申し上げます。
惨状を伝えるニュースを見るたび、
自然の脅威にはどうしても勝てない人間の無力さを感じます。
だからこそ知恵を働かして災難を少しでも避けていかなきゃね。
とにかく一日も早い復興を遠い場所からですがお祈りしてます。
投稿情報: 黄色の道化師 | 2009-07-23 20:36
>黄色の道化師さん
同じ県内で本当に近くの場所での災害なので結構ショックを受けています。
似たような地形だから本当に人事ではありません。
今回の災害はもっと早く避難勧告さえ出ていたらもっと死者、行方不明者は減っていたと思われます。
もう少し危機感を持ったほうがいいなと今回痛切に感じました。
被災地の一日も早い復興を祈るばかりです。
投稿情報: 安井文@管理人 | 2009-07-23 21:59