昨日おとといの自分が書いた『エリザベート』の感想を読んで、ぜんぜん書きたかったこと書いてないじゃん・・・と気がついた。
だから本日も引き続き、『エリザベート』を何回も見て感じたことを書いてみる。
もっとも、武田真治君については、そりゃもっといろいろ思ったり考えたりしていることもあるのだけど、それ全部書くととんでもないことになるんで・・・、あれが精一杯。
私にしてはがんばって冷静に書いたほうです・・・はい。
そのうち、もっと人に読ませられるほど気持ちが落ち着いたら書くかも・・・です。
ミュージカルは、子供の頃に人形劇団「飛行船」というものの子供向けミュージカルを見たことと、前田美波里さんのミュージカルのような演目を15年位前に見たことがあるくらい。(電飾で飾られた舞台幅いっぱいの階段を10cm以上はあるハイヒールを履いて、足元を見ないで下りてくる彼女を3列目真ん中あたりで見て、すげーっと思った。)
正直なところ、今回、武田真治君が出演していることを知ることがなければ、『エリザベート』を見ることはなかったし、この先ミュージカルを見る機会はなかったと思う。
もちろん、普通の演劇(ストレートプレイというんだね)は、武田真治君が出演していなくても見たいなと思うものはいくつかあった。
でも、わざわざ大阪まで出向いてみようと思うような作品はどれもチケットが取れなかったのでその願いはかなっていない。
『エリザベート』はその物語のつくりがとても面白いなと感じた。
人間が主役というよりも歴史を描くのに人間が動かされているというのが最終的なこの作品に対する印象。
大筋で、この作品に描かれているのはハプスブルグ家の滅亡への道程だ。
その流れの中にエリザベートという女性がかかわっていたおかげで、このドラマは生まれた。
とにかく、歴史の流れを"死"という抽象的なものに人格を与えることで、物語そのものを動かすという発想が、すごいと思うんだ。
最初にそれを思いついた原作者はすごい想像力の持ち主だと、私は目からうろこだった。
そして、トートはこの作品ではとても重要なキャラクターで、本当に魅力的でなければならない。
最終的にトートが全体の流れを指先一つで決めているんだと感じながら見たので、トートの恐ろしさ倍増になっちゃったんだけど、それ以上にその美しさのとりこにもなってしまった。
『エリザベート』は、トートの登場シーンと同じくらい、群舞シーンが私は好きなんだな。
しょっぱなの棺おけからそれぞれの登場人物が起こされ、もみ合うシーンを始めてみたときは、鳥肌が立った。
「ミルク」のシーンが私の一番のお気に入りで、ミルク缶を打ち鳴らしながら、何故ミルクがないのか、誰がミルクを持っていったのか民衆たちが知っていく過程での彼らの怒りが歌の盛り上がりによって倍増される・・・思い出すだけで高揚してくる。
ユダヤ人を追い出せとドイツ人たちが雄たけびを上げる。
大人数の踏み鳴らす足音とユニゾンで歌われる歌が、ほんとうにすごい。
千秋楽、武田真治君の挨拶を聞きながら。
どれだけ大勢の人たちが、この舞台を成功させるために動いているのかを想像して、その規模の大きさを想像しきれず怖くなった。
彼が声を詰まらせて、やり遂げたことをスタッフに感謝する姿にそういうものを感じて、彼が声を詰まらせるのも無理はないなと思った。
舞台に出ていないスタッフのほうが実は多いんじゃないかと思うのだけど、何度か2階席から見ていて、きちんとタイミングを計って奈落が競りあがったり下がったりするところを目の当たりにして、少しでも呼吸が狂えば、何が起こるか分からない・・・ちょっと怖いな、なんてことも考えたりした。
ただ紙に書いてある台本から、効率的に配置された舞台装置を作り出す想像力のすごさを感じた。
キャラクターを作り出し、物語に配置する演出の想像力にすごさを感じた。
私はただ、目の前に広がる舞台とそこで動き回る俳優たちの演技でこの物語の全体を感じて、楽しむことが出来るけれど、その形になるまでには、何もないところからすべてを作り出したという事実が横たわっているんだよなあ。
そして、ゼロから作り上げられたカンパニーと呼ばれるプロ集団の中にたったひとりで飛び込んだ武田真治という俳優の勇気にも脱帽してしまう。
舞台ってすごいなあ。
本当にそう思った。
もっとたくさん舞台の上で繰り広げられるドラマを見てみたいなあと・・・単純な私は思うのだ。
がんばってみたが、今回も失敗のようだ・・・。
「ミルク」
WORDS & MUSIC BY MICHAEL KUNZE AND SYLVERSTER LEVAY、Japanese Words BY 小池修一郎




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