電車などの交通機関を使って遠出する場合は、必ず文庫本を1冊持っていく。
新幹線では音楽を聴きながら車窓を眺める時間が大半を占めるけれど、それでも1時間以上乗る場合は耳が疲れてしまうので、読むほうに切り替えることが多くなっている。
音楽は、耳から聴かなくても自動再生されることが多くなっているからかもしれない。
今回は本屋で直感的に気になり、3軒の本屋で同じように手に取ってしまった本で、その後、ここのコメントでこの作者は読んでみたか?と問いかけられたので、改めて本屋を回って(!)探し出した本。
面白いもので、最初は探さずとも目に付いていたのに、ここでのコメントを読んだあとはさっぱり姿が見えなくなってしまったのだった。
その本は、貫井徳郎さんの「追憶のかけら」
うだつの上がらない大学講師である主人公のところへ見ず知らずの男が自殺した作家の手記を持ち込む。
なんとか自分の生活を持ち直したいと考えた主人公は、まだ世に出ていないその手記の研究をして名を上げれば、今の生活もなんとかなるかもしれないという希望を抱いて調査を始める。
しかし、調べるうちに主人公は抜き差しならない状態へと迷い込んでしまう・・・。
3cmはあろうかというほどの厚みの文庫本である。
最初ちょっと"これはちょっとどうかな・・・"と思いながら読み始めた。
それが大阪に行く2日位前のことで、途中で投げ出すかもしれないと思いつつもかばんの中に入れておいた。
この小説は主人公のいる現実の部分と、彼が読む手記の部分とで成り立っている。
手記の部分は旧字体で、普段そういうものに慣れ親しんでいない人にはちょっと読みにくいかもしれない。
私自身は、昭和初期や明治時代の小説等を読んだことがあるので、それほど読みにくいとは感じなかった。
この手記の部分だけでも独立した小説の体をなしている。
これがとても面白いのだ。
正直、そこまでの現実の描写は、主人公の一人称で内面のあれこれがぶつぶつとつづられているといった感じで、しかもこの時点での彼はかなりネガティブな状態なので多少退屈な感じがする。
ところが、彼が手記を読むという形で手記が登場すると、まるで違う小説を読み始めたように感じてすらすらとページが進んだ。
読み終わると主人公も高揚感を感じているので、その後の現実部分もすらすらとページが進むようになっていった。
手記をめぐるいろいろな情報が主人公にもたらされ、その都度主人公は足を使って関係者に会いに行く。
そのたびに浮き足立ったり、落ち込んだり・・・。
途中から、手記を書いた作家と主人公の状況がとても似てきて、ちょっとした違和感を感じ始める。
最初、彼には彼の回りの人間のことが見えていない。
読んでいる私にだって分かる事柄が、彼には見えていないのだ。
"こうなんじゃないかなあ・・・"と思ったことはあとで、ほとんど私の読みの通りだったのだけど、それは作者が意図的にそう表現しているからだと思う。
私のような推理ものやミステリーの初心者にはうってつけのように思う。
この物語の最後には、心に冷や水を浴びせられた。
人間の内面の恐ろしさというものを一瞬にして植えつけられるような感じとでも言おうか・・・。
悪意ってなんなんだろう・・・?なんてことも考えた。
ちょっと「たみおのしあわせ」という映画を思い出した。
まあ、この作品のほうが悪意についてはより醜悪な感じがするけれど。
大阪滞在中、ホテルや電車、新幹線などでまとまった時間があったときにずっと読んでしまった。
そのうちまた読んでしまうと思う。
読んだあとちょっと調べてみたら、貫井徳郎さんは私と同年代だった。
そんな人が旧字体の文章を書いているので、私は正直舌を巻いた。
その他の作品にも興味が沸いたのだけど、この作品が彼の作品の中では少々特異な作風らしい・・・。
本屋に行くことがあったら探してみようと思う。
主人公は、物語の終わりにとても大切なことを思い出す。
その経過はいつか私が体験したことに良く似ていて、誰でもそういう時期が一度は訪れるものなのかもしれないななんて考えた。
「SNOW BADGE」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY BLANKEY JET CITY




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