日本版『魔王』第5話。
思ったとおり・・・というか、やっと明かしてほしかった真実が明かされたなあ。
いやはや、そういう意味では5話までが長かった^^;
ようやっと比較しても問題ない程度に日本版が展開したので、今回は本家と日本版を単純比較してみた。
結果的に本家のネタばれになる可能性もあるので、これから本家を見ようと考えている人は以下は読まないほうがいいかもしれない。
日本版を見ていて、本家は"少しだけ気になるけど見る気はない"という人と本家を見た人は読んでみると面白いかも。
日本版にあって本家にはないといったような表現内容についての比較です。
せっかくリメイクなのだから、お国柄による演出の違いや解釈の違いなど研究(!)してみるのも一興だと思う。
あまりにも"本家が!"という意見が目に付くのでこんな意見もあるよということで^^
本家ではここまでの話が11話分くらい使われている。
正直、半分くらいははしょっても大丈夫なエピソードなので、削りに削って(多少無理な展開や設定もありはするものの)5話にしている日本版はそういう意味でうまい作りにしてあると思う。
ただ、公式サイトの「裏魔王」ではこれでもかというほど詳細にはしょった分見えなくなった演出内容が説明されている。
正直、詳細に書きすぎだわ。
そこんところは、見ている私たちに想像させてほしいなあと思う。
日本版では前半で本当に重要なネタは第5話まで隠されていた。
前にも書いたけどそれのせいで逆に次を見たいと思わされてしまう。
本家では、その時点ではあまり重要じゃなくても先にネタばらしをしてあって、そのネタが必要になるまでに時間がかかるので話の展開が遅い。
どちらかというと小説を読み進めている感覚に近いなと感じる。
韓国ドラマはとにかく展開が遅い。
それに慣れているならともかく、日本のドラマやアメリカのドラマのようにスマートに早く展開するドラマを見慣れていたらそのあたりがかなりいらいらする。
実際、私もあまりにだらだらと話が進むので本家のほうは11話ぐらいまでは見ながら居眠りしていたところもあった。
ただし、2回目以降に見るとそういう些細なシーンにも細かい配慮がされていることに気づかされまじまじと見ることになったのだけど。
映画『獄門島』の感想を書いたとき、小説では感覚的に表現されていることが、映画では単純化されるために分かりやすい設定と表現にしてあるのにうなったと書いたが、日本版『魔王』でも同じことを感じた。
たとえば新たに届いたメッセージ"Live=Evil"から"雨野真実(アマノマコト)"のアナグラムを連想させるようにしたトリックは本家には出てこないのだけど、これがあることで犯人が主人公にヒントを与えていることをはっきりと視聴者に印象付けた。
また、残りの話数から考えると話の展開を早くさせるのにも一役買っている。
本家では12年前の事件当時すでに大人の立場だった2人の人物が刑事とは関係なく調査を行う。
そこに時間がかかりすぎているのだ。
ただし、日本版は展開があまりにも速いので登場人物の心情にはシンクロしにくく、繰り広げられる事件の展開のみに釘付けになってしまう。
本家のほうは登場人物にシンクロしやすいような演出をしてあって、意味ありげなショット・表情・セリフの応酬が続き、まるで演劇を見ているような気分になる。
過去の事件の回想が何度も挿入され、心に引っかかるようになっている。
そういう演出は日本映画の『ゆれる』(香川照之、オダギリジョー主演)を思い出させる。
(本家『魔王』のそういう演出が気に入っている人はぜひ一見を。)
成瀬領(大野智)は過去を回想することで自分の気持ちを高めるシーンが何度も挿入されるが、芹沢直人(生田斗真)については、第5話で明かされた11年前の直人と真中英雄(竹内寿)だけが知る真実が明かされるまではちょっと想像しにくい。
役者の演技については、好みの問題もあるので特にいうべきことは見当たらない。
全体的な人物設定は少し本家を意識しすぎているとは感じるが、それは演出のせいであって役者のせいではないように感じている。
主人公に関していえば、本家とは違う人物像を出せていると思うので、本家と比較した違和感はまったく感じていない。
物語のスピードも表現も違うのだから、比較のしようがない。
とまあ、こんな感じで『魔王』前半部分は、なかなかスリリングでシャープな演出だったなと個人的には結構満足している。
後半、物語はますます複雑化してくるだろう。
芹沢は成瀬にたどり着けるんだろうか?
成瀬は次に何を考えているんだろうか?
山野と成瀬の関係は???
気になることは山ほどあるのだ~♪
「Over The Rainbow」
WORDS BY E・Y・ハーバーグ、MUSIC BY ハロルド・アーレン




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