『魔王』熱もかなり冷めた。
そのきっかけになったのは本屋で見つけた文庫本の新刊。
真保裕一著「繋がれた明日」
本屋で帯に書かれた文章に目を引かれた。
---この男は人殺しです。仮釈放となった中道隆太を待ち受けていた悪意に満ちた中傷ビラ。いったい誰がなんの目的で?---(帯より)
以下、備忘録風に感想を。
乱暴なたとえをするなら、この小説は『魔王』に登場する刑事が辿ったかもしれない別の人生を描いている。
私はどうしても『魔王』の刑事(芹沢直人もしくはカン・オス)の苦悩がいまいちうそっぽく感じてしまい、弁護士(成瀬領もしくはオ・スンハ)に同調してしまう。
この小説を読んで『魔王』は結局、美しい作り話にすぎないと折り合いをつけることができた。
この小説だって作り話なのではあるが、作者の周到な取材により構成された物語は、それゆえに真実味が増しており、私が刑事に対してどうしてもぬぐえなかった不信感の理由を少し説明してくれた気がしたし、弁護士の憎しみや悲しみに同調してしまう理由も納得できたような気がする。
そして、『魔王』の刑事がこの小説の主人公と同じように自分のしでかしたことを真に悔い改めたなら、彼にもう少し感情移入できたかもしれないと思う。
この小説の主人公である中道隆太は19歳のとき恋人のことが原因で喧嘩相手を刺してしまい、殺す気がなかったのに殺人犯になってしまう。
裁判はすべてが彼にとって不利な展開をした挙句、少年刑務所で7年の刑に服すこととなる。
刑務所での更生が認められ刑期を7ヶ月残し仮釈放となった中道は、保護司の指導の下、社会復帰のために地道な生活を始める。
その生活は決して楽ではない。
ある日、彼の職場やアパート、家族のもとに"この男は人殺しです"と書かれた7年前の新聞記事と彼の写真が刷られたビラがばら撒かれる。
いったい誰がどうして・・・。
中道は自分を落としいれようとする"誰か"を探し始める。
話は中道が仮釈放される直前から始まる。
少年刑務所での様子が事細かに描かれ、刑務所から早く出るために少年たちが点数稼ぎとしてあらゆる方法を試みることが説明される。
そして、それらの行為は、刑務所での好印象は与えるが、真に罪を償い悔い改めることと直結しているとは限らないことが主人公の心情からも伺い知ることが出来る。
中道も刑を終えようとはしているが、どうしても自分だけが悪かったとは思えず、被害者家族へのお詫びも点数稼ぎでしかない。
仮出所してもその気持ちは変わらない。
同じ時期に仮出所した"友人"が彼にとっては唯一気を許せる友達。
出所を知り昔の仲間もやってくるが、中道にとっては迷惑な存在にしか過ぎない。
しかし、物語が進むにつれ、さまざまな事実が浮かび上がってくる。
見えていることと見えていないこと。
そして、いつも中道が"人を殺した"という事実が深刻に絡んでくる。
それさえなければ、壊れなかったもの。
そして、それがなければ知ることの出来なかったこと。
いくら地道に努力をしても、次の瞬間にはそれがひっくり返されてしまう。
人一人殺した・・・その事実がどれだけ重いものなのかを中道は物語の終盤にやっと思い知る。
全体の起承転結は、それこそ『魔王』を髣髴とさせる。
ただし、結末は『魔王』とはまるで違う。
たった今までそこにいた人間がその人の意思とは関係なく死に至らしめられる。
そのことによって引き起こされる事柄が関係者全員に重くのしかかることをこの物語は淡々と描いている。
『繋がれた明日』はおととしNHKでドラマ化されている。
残念ながら、私は見逃してしまっていてDVD化もされていないようなので、ぜひ再放送をしてほしいと思う。
ドラマの『魔王』、小説の『繋がれた明日』
どちらもエンターテイメントとしてこの世に生み出された作品ではあるが、視点を変えることによって与えられる印象の違いに驚くばかり。
こういうテーマについては、折に触れて考えることがあって、とりあえず今の私の感想はこんな感じというだけであり、自分の気持ちを十分に表現し切れてないなと感じる。
また、そのうち蒸し返すことになると思う。
「Johnny Hell」
WORDS & MUSIC & PLAY BY 浅井健一




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