今年試験勉強に突入する直前最後に映画館で見た映画は市原隼人主演の『ネガティブハッピーチェーンソーエッヂ』
これが早くもDVDとして発売され、私の手元にも届いた。
シュールでアホで一生懸命なこの映画、私はとても気に入っている。
この映画は今年頭に本屋でこれから公開される日本映画ばかりを集めた雑誌で知った。
チェーンソーを持った大男と美少女が戦うっていうあまりにもばかげた設定が目を引いたのだ。
ふと出演者を見ると、おっ、市原隼人じゃないか~♪ということで、私の町での公開を胸の中で願っていたら、ちゃんとやってきた。
ふと思いついて、誰もいない週末の午前中、居間の大きなTVを占領して大音量で見ることにした。
普段家族がいるときは、私にチャンネル権がなく自室にある14型で映画を見ているので、こういう機会は見逃せない。
すわり心地のいいソファにすわり、大画面で見る映画はやっぱりいいなあ。
毎日適当に生きている山本(市原隼人)は、ある晩チェーンソーを持った大男と戦う美少女絵里(関めぐみ)と出会う。
寮でそのことを友人の渡辺(浅利陽介)に話すのだけど、頭から信じてもらえない。
山本と渡辺にはいつもつるんでいた能登(三浦春馬)という友人がいたが、彼はバイク事故で死んでしまった。"いつか能登を越えてやる!"と思いつつ日々を過ごしていた山本は、能登に置いて行かれてしまった・・・と感じていた。
"絵里ちゃんを守って死ねば、オレは能登を越えられるぜ!"という思い込みの元、山本は夜な夜な絵里とチェーンソー男の戦いに付き合う。
と言っても、絵里は山本なんかよりよっぽど強くて出来る事は戦いが終わった絵里にあったかいコーヒーを差し出すことぐらいしか出来ないのだが・・・。
もしかしたら誰でも(少なくとも私はそうだった)が、一度は感じるかもしれない孤独や不安や死に対する憧れや恐怖、悲しみ・・・などなど。
そういった感情や思いに身に覚えがあれば、この映画の中で起こるいろいろなシュールな表現の向こうにあるものを"感じる"んじゃないかと思う。
目の前で繰り広げられるシュールな世界を脳内変換できるかどうかは、生物学的な年齢とは関係がないと私は思う。
なぜ美少女がチェーンソー男と戦うのか・・・チェーンソー男って何?
という部分でひっかかってしまうとこの映画は楽しめない。
そこが非現実的でばかばかしいと思ったら、そこでこの映画を見るのはやめたほうがいい。
"チェーンソー男"はこの映画のミソではあるのだが、そこはあまり重要ではないから。
山本の目線で話は進んでいくけど、実は山本はいろいろ考えているようで実は何も考えていない。
いろいろ考えているのは彼を取り巻く周りの人たち。
その中にかつての自分や今の自分に似てるかも・・・という登場人物がいれば、この作品はもっと楽しめる。
私はDVDで2度目の鑑賞を終えたとき、なんかちょっと涙が落っこちそうになってしまった。
こんな若い青春映画でちょっとセンチになれるなんて、私もまだまだいけるかも・・・と思った・・・なんとなく。
この作品は、大ヒットしたライトノベルが原作。
作者は元引きこもりだそうだ。
今のところ、原作を読む気にはならないが、こういうシュールな作品はやっぱり内に篭らないと生まれないものなんだろうかとちょっとだけ思った。
「根性なし」
WORDS BY 能登 & MUSIC BY 渡辺 & PLAY BY 俺さまーズ[Vo&B:能登(三浦春馬)、G:山本(市原隼人)、K:渡辺(浅利陽介)]
(実際の作詞作曲は、今井千尋)




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