昨日、会社帰りに思い切って本屋に寄ってみる。
たまにはいいだろうと思って。
不思議なもので、そういうときにはたいてい読み続けている本の新刊が出ているんだなあ。
今回は「蟲師」の第9巻に出くわす。
こりゃうれしいね~と早速購入して帰り、着替えもそこそこにベッドに座り込んで読んでしまった。
ところがこれが・・・。
なんというかねえ、涙の止まらない話ばかりなのだよ。
「蟲師」は巻を重ねるごとに切ない話が増えている気がする。
おととしには、映画化もされていまだに原作は人気作品だ。
実は個人的に作者がこの映画に影響を受けてキャラクターや物語の持っていき方に多少の影響をうけるんじゃないかと少し懸念していた。
作者も映画は見たそうで、涙を流して感動したなんて記事を読んだことがあったのでそのせいかもしれない。
映画が公開されてからすでに2冊新刊が発売されている。
作品の雰囲気は変わることなくたんたんとした時間の流れを持っている。
冷たいわけじゃないのだけど、ひんやりした空気の中に暖かい雰囲気を感じる・・・といった感覚をこの作品を読んでいると感じるのだ。
雨の降っているシーンは冷たく感じるが、ギンコが誰かの体に触るとぽわっとぬくもりが生まれるイメージがある。
変わらなかったので、私はほっとしたし、この作品に対する作者の変わらない想いのようなものを感じるようでうれしい。
主人公ギンコは原作と映画ではまったく違う方向を見ている。
私の感じた映画のギンコは消えてなくなることを覚悟していた。
すでにあきらめの境地に至っているという雰囲気で、今にも消えてなくなりそうな感じだった。
映画では、原作の中でギンコがなぜそういう境遇になったのかを題材にした原作の話を中心にいくつかの話がつなぎ合わされた別の物語に仕上げられていた。
どの話が使われていたのか知りたい人はググってみると詳しく解説した文章をたくさん見つけることが出来ると思う。
ギンコがギンコになった経緯の話にぬいという女蟲師が出て来る。
映画では、江角マキコが演じた。
原作と映画ではこの女蟲師の役割がまったく違う。
映画ではそれが原因で話が途中からホラーっぽくわかりにくい方向へ変わってしまい、ギンコの雰囲気も変わってしまう。
私はできれば、原作のギンコをオダギリジョーで見たかったが、監督が求めたのはそうじゃなかった。
原作とまったく正反対の方向を向いた映画の物語も面白いと感じたけれど、ぬいとギンコの描かれ方は私の期待を超えなかった。
確かにスクリーンに映し出される景色はとても美しく、なくなりかけている日本の原風景を映し出していたんだけどね。
原作のギンコは投げやりのような雰囲気を持っていながら、実は生きることに前向きだ。
それぞれの物語の端々にそれを感じる。
第9巻では、ぬいとの別れの後の少年ギンコの話がある。
原作のギンコが何故投げやりながらも前向きに生きているように感じるのかの答えをもらった気がする。
だからギンコは投げやりなんだ・・・でも、だからギンコは生き続けようとするんだ。
そして、そこに人の温かさと残酷さも描かれている。
・・・何度読んでも涙があふれちゃうんだなあ。
って、昨日買ってきたのに何度読み返したのやら・・・^^;
映画版に影響されることなく「蟲師」の話は続く。
ギンコは本の中で歳を取っているのかとらないのか・・・わからないが、彼の旅の話を出来るだけ長く読んでいきたいなと第9巻を読んで改めて思った。
ニンテンドーDSで「蟲師~天降る里~」というソフトがあるそうだ。
ライフシュミレーションというジャンルだというのだけど、どんなものなのだろう。
しかもアニメ版「蟲師」の監督が総監修をしていてオリジナルストーリーもあるんだとか!
ゲームをやる習慣がないので、ニンテンドーDSも持っていないのだけど、気になってしょうがない。
「Iceland Boy」
WORDS & MUSIC BY 浅井健一、PLAY BY SHERBETS




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