人はみんな物差しを持ってる。
一応、その物差しで人を計ってはいけないことは知っている。
でも、ある時ある人に対しては、黙ってその物差しを使っていることがよくある。
自分でもよく気がついていない場合もあるだろう。
物差しを使われた人間は、実はわかっている。
目の前の人が、物差しを使ったことが見えてる。
ある時期まで、私も物差しを振りかざしていた。
人よりかなり短い物差しをね。
でも、そんなものは結局、自分の狭い世界の単位でしかないとわかった。
私の知らないことのほうが、世界にはたくさんあるってことを身をもって知ったからだ。
自分の物差しで計りながら、他人の物差しの長さを気にする。
そしてそんな自分が大嫌いだった。
そんなもの捨ててしまいたかったのだ。
だけど、その物差しは捨ててしまうことは出来ない。
離した瞬間に手の中に戻ってくるんだ。
今でも人の物差しが気になる。
これはもうしょうがないことだとそんな気持ちと付き合うことにした。
どんなことにだって、ずっとは続かない。
そのうち、物差しのことが気にならなくなる日が来るかもしれないし。
だから、私は物差しの使い方を変えることにした。
長さではなくどんな物差しなのかを見ることにした。
自分の物差しはどんなものなのか、向けられた物差しはどんなものなのか。
物差しは人の数だけ違っている。
比べるのは不可能なんだ。
だから、誰かに物差しで計られても気にすることはない。
その単位がこの世の中の標準ってことではないのだから。
それは無駄なことなのだから。
向けられた物差しがどんな物差しか見えてるかい。
「ジレンマ」
WORDS & MUSIC & PLAY BY 斉藤和義




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